シルバーライフ まっぷ

年収1000万でも60才退職後に不安を

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年収1000万でも60才退職後に不安を

年収1000万を越している40代から50代にアンケートをとって、60才定年退職のあとの老後、シルバーライフに不安を感じている人が、予想以上に多いという結果が出たという。日経さんが実施したアンケートの結果だが、要するに、今は平均以上の年収を得ている世帯なのだが、たくわえ、資産がほとんどないという状態だという。
気持ちは、すごくわかる。管理人の経験を恥を承知で書いておこう。

稼げる時期

貧しくっても幸せだい!なんてことをいうつもりはない。管理人自身は、会社の役員をしていた時の役員報酬の最高金額は、年収2880万円だった。稼ぐために、法律の違反をしたり、犯罪をしたりもしなかったけど、けっこう容赦はしなかったw 人はパンのみ生きるにあらずという聖書の言葉は嫌いじゃないけど、パンも稼げない奴が、そんなこと言うのは、バカだと思ってたし。(まあ、これは今も変わってないかな。パン程度は自力でなんとかできるまで頑張ろうよ)
しかし、まぁなんというか、これがいつまでも続くように錯覚してしまう若気の至りw 商売に浮沈があるのは当然で、そんないつまでも、調子よく稼げるわけもないw

人生の撤退戦、縮退戦

業績が悪化すれば、そりゃあ役員報酬は当然削る。どこでもよくある話だ。保証がないのが役員だし、その分リスクを負うから、業績がいい時にそれなりにもらっていたわけだし。毎年、20%、30%とカットを続ける。しかし、それが先々、業績を戻せる見込みなりビジュンなりが描ければいいのだが、状況は厳しい。厳しいのは社外、ビジネス環境の悪化もあるけれども、社内の情勢もあった。賭けて攻めていきたい企画、プランがあっても、縮小戦、撤退戦の時期、Goが出ないのだ。チャンスを指を咥えて眺めもした。
気持ちも病んでくるw 先々に希望が持てない。自分の給料が毎年下がるのもキツイが、働く人たちの雇用や食い扶持も頭が痛い。そこも守りたい。
持っていた資産を、維持するのにお金の掛るものを処分し、生活をどんどん縮退する。生活のレベルを、先を読んで、毎年、どんどん落とす。売る。キツイですよ、これ。でも、今にして、鬼になって、家内と喧嘩しながらでも、やって良かったと思う。これが見栄や去勢を張って、生活レベルを維持しようとしていたら、この時期に自己破産、任意整理をしていることになっていただろうと思う。結果自殺するとか、失踪して浮浪者になるとかという人も少なくないんじゃないだろうか。稼ぎの浮沈は当然あるけれども、それに合わせて身を処さないと。
カウンセリングも受けたなあwほんと気持ちが苦しかった。

身の程

1000万の年収がありながら、将来に不安をもつならば、生活を考えたほうがいいかもしれない。500万の生活に縮退したほうがいいのかもしれない。たぶん、身にあった生活になっていない。
でも、これを決心し、実行することは、本当に大変だと思う。やってみて実感する。でもできないことじゃない。年収2880万の生活を経験した後で、数百万のレベルに落とすことに成功したことで、俺はたぶん、かなり得難い経験したと思うから書いておく。
実行するには、自分だけではなく、家族にもストレートに話したほうがいい。一人で全部抱えるな。妻にも子供にも話さないとダメだろう。

失業者になる

最後は退任した。月20万の給料を提示されて、それはもう会社都合ですよね。と。信じて慕って働いてくれた人も何人かいたが、「俺は月20万じゃさすがに無理だ、がんばれない、すまん」とワケを話した。踏みとどまり、船が沈むなら一緒に沈んでやるつもりだったから、何の転職準備も、ましてや起業の準備もしていない。
10数年奉職していたが、雇用保険に加入したのは最後の2年弱。でもそれがあったおかげで、ハローワークで雇用保険の失業給付の世話になることができた。
中高年の上級職の再就職なんぞ、そう簡単にあるわけもなくw 実務をする現場に戻るつもりでいたが、そんなに稼げるわけもなく。生活保護とか任意整理、自己破産などのことも考え、覚悟していた時期もある。幸いそこまでの一歩手前でふみとどまり、今は、単価のいいコンサルタントの仕事を得ている。とはいえ1000万はおろか、日本の世帯の平均年収には到底及ばないような稼ぎではある。
けれども、あまり不安はない。1000万以上の給与収入をもらっていた時よりも、ずっと気持ちが楽だ。
それは底を覚悟することができたからだし、今後も、それなりに収入があるだろうし、それで暮らせるように生活を縮小できたからだ。そして、自分が積み上げて頑張っていけば、近い将来に収入が上がっていくだろうと確信できるからだ。
銀座で飲み歩く事はできないが、近所の居酒屋で飲むことはできる。
高級なスーツは誂えることはできないが、普通にスーツくらい買える。
家内に高額なジュエリーなどプレゼントできないが、誕生日に花くらいは買える。
那須にもっていた豪奢な別荘は売却したが、築40年のボロ小屋を買い、DIYを楽しみながら修理して使っている。
持っていることばかり、守ることだけが幸せじゃないとも思ったりする。無理をするよりも、虚勢や見栄を捨てて、一時撤退、縮小して、身にあった生活をしたほうが、俺はいいんじゃなかろうかと思うのだ。