無縁仏
無縁仏。正直、あまり使いたくない言葉だ。だが、そこそこの年齢、シルバーライフ、セカンドライフを考え、意識するような年代になると、あながち無関心でもいられないかもしれない。子供でもいればいいが、そうでない人も増えてきているのも昨今だ。
俺は、どう生きるかだけを考えて、その結果としてどういう死に方になるかは、悩まないことにしている。どうにもできないことのような気もするし、どう死ぬかを考えているより、生きることに注力しておくほうが健全のような気がする。
叔母と従兄弟のこと
20年以上、音信普通だった叔母が亡くなった。警察からの連絡だ。実家にいる父がその電話を受けた。
20年前、何があったのか詳しいことを父は話したがらない。相当嫌な思いをしたのだろう。思い出させて嫌な気分にさせることもないだろうから、俺も聞かない。
事実としてわかっているのは、祖母と叔母が同居していたのだが、祖母が亡くなったあと、父が新築で建てたその家は、他人の手にわたり、それから叔母とは、父は連絡を取らなくなった。この段階では、取らなくなったで、父の他の兄弟たち(つまり俺の他の叔父叔母)は、当初はコンタクトを続けていたようなのだ。
今回、叔母が亡くなって警察に発見されて、父のところに連絡が来た。俺も久しぶりに、叔父,叔母と電話で話したのだが、どうも、すぐに音信不通になっていたようなのだ。また揃いも揃って、非常に嫌な想いをしたようで、兄弟誰ひとり、警察に遺骨を引き取りたいとは言い出さない。
叔母には娘が一人あった。俺からすれば従兄弟にあたる。その従兄弟も、今年の4月に亡くなっていた。生活保護を受けていたようで、遺骨は埋葬もせずにそのままだったという。
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出来ることが
気が滅入る。叔母や従兄弟。父や兄弟たちは、相当な嫌な思い出があるようのだが、俺は直接は、そんな思いはしていない。不憫だと感じる割合が圧倒的に大きい。
俺の父も含め兄弟である叔父叔母が、そろって拒絶しているのに、俺がしゃしゃり出るのも出来にくい話だ。父が嫌がる以上、墓に入れるわけにはいかない。
無縁佛としていいんだと兄弟は揃っていう。
立場上、動きにくい、しかし、それでも何かできることはないものだろうかと思うのだが。