シルバーライフ まっぷ

文書主義

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文書主義

ここでいう文書主義は、文書で支配し管理、統治することだ。政治だけではなく、会社だってそうだ。
定年までサラリーマンなどしていれば、文書主義に接しているだろうし、あるいは公務員であったりすれば、その只中で仕事をしてきたことだろう。シルバー生活、定年後は、文書主義から解放されそうなもんだが、そうもいかない。介護の認定などでも、文書が必ず必要になる。こんな世の中に誰がしたw いつから日本は文書で支配、管理されるようになったのだろう。

律令制と文書主義

歴史の時代わけは、原始-古代-中世-近世-近代-現代と大きく分けられのだが、日本では、古代の律令制度が、文書主義が確立された時代だ。中国から制度もあわせて輸入したわけだ。
役所で、介護認定の書類が面倒だとブチブチ言っても、相手は1000年以上の歴史をもつ文書主義だ。なかなか手ごわい。妥協してはもらえない。黙って書類を作るしかないわけなんだが。

文字の浸透

しかし、古代の律令制度で文書主義が確立されたといっても、文字は一部の人の物だった。役所に限られていて、一般の人が文字に接する機会がない。古代から中世になっても、墨とか紙とか硯とかは高額だし、庶民にまで文字は至らない。
文字が一般化する、庶民にまで至るには、近世である江戸時代を待つことになる。しかし、これは、世界的にみると異常に早いことなんだと言う。当時の江戸の識字率の高さは驚異的だという。海外から日本を訪れた人達、ペリー、シュリーマン、ゴローヴニンなどなど、日本を見聞した記録、日記を残しているのだが、他のことでは、野蛮だ、未開だといいつつ、識字率の高さは認めている。

村の役人とかでも

とにかく文書、書類の世界になってしまった。近世の歴史を研究する人には幸いなのかもしれない。村の庄屋でも、商店でも、山ほど文書が残っていて、当時の生活や社会の研究のための資料はたくさんある。
まあ、読めれば・・・の話なんだがw 専門家なり、ちゃんと勉強した人は、読める。

文書主義の根深さ

文書主義は根深い。古代律令からでもあるが、江戸期に庶民の隅々まで浸透したという歴史的事実もある。文字がみんなが読めることを、そういう日本であることを、俺は喜びたい。
区役所、市役所で、介護認定の書類がうるさいのも、ある程度しょうがない・・と思うしかないかもなw

石碑